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水戸地方裁判所 昭和49年(ワ)361号 判決 1977年3月15日

原告

松野良子

ほか二名

被告

永井昭一

主文

一  被告は、原告松野良子に対し金一二〇万八一〇二円および内金一〇五万八一〇〇円に対する昭和四七年一月七日から支払ずみまで、原告松野幸子に対し金一八万二一九三円および内金一三万二一九三円に対する右同日から支払ずみまで、原告松野二三四に対し金七二万〇三一二円および内金六二万〇三一二円に対する右同日から支払ずみまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告松野良子(以下原告良子という。)に対し金三五〇万三八六二円および内金三〇〇万三八六二円に対する昭和四七年一月七日から支払ずみまで、原告松野幸子(以下原告幸子という。)に対し金三九万二四〇〇円および内金三一万二四〇〇円に対する右同日から支払ずみまで原告松野二三四(以下原告二三四という。)に対し金一〇三万九三六〇円および内金八八万九三六〇円に対する右同日から支払ずみまで、それぞれ年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 発生時 昭和四七年一月七日午前一一時四五分ころ

(二) 発生地 茨城県那珂郡東海村舟石川八二五番地七七先の県道上

(三) 加害車 普通乗用自動車―茨四め三〇八〇号(以下本件被告車という。)

運転者 被告

(四) 被害車 軽四輪貨物自動車―茨す五五二八号(以下原告車という。)

運転者 原告良子、同乗者 原告幸子、同二三四

2  態様

被告は、被告車を運転し、本件事故発生地の交通整理の行われていない交差点を、茨城県那珂郡東海村石神内宿方面から六号国道方面に時速約一〇キロメートルで右折するにあたり、おりから左方道路を直進してきた原告良子運転の原告車に自車を衝突させ、よつて原告らに後記の傷害を負わせた。

3  責任

被告は、被告車を所有し、本件事故当時自ら運転していたのであるから、自己のために被告車を運行の用に供するものであり、その運行により原告らに傷害を負わせたので、被告は自賠法第三条により賠償責任を負う。

4  損害

(一) 原告良子 金三五〇万三八六二円

(1) 原告良子は、本件事故により額面挫創、左前腕挫創、右大腿部挫創、左膝挫創、頭部打撲、頭蓋内出血等の傷害をうけ、本件事故当日より同年五月一四日まで一二八日間日立市内の日立港病院に入院し、その間皮下節肉内、静脈内点滴その他の注射、創の縫い合せ処置、赤外線照射、マツサージ、内服薬投入等各種の治療を受け、退院後も同年六月二三日まで三一日間同病院に通院治療をうけ、更に、同年五月三〇日から昭和四八年一月二六日まで実日数九一日間東海村の東海村国保診療所に通院治療を受け、その間前同様の注射等による治療および脳波検査等をうけた。

現在、時折頭痛、頭重感等の脳外傷後遺症、局所の神経症状があるほか、いずれも女子の外ぼうに著しい醜状を残す次の醜状痕がある。

前額部より前頭部

長さ約一一センチメートルの線状痕(内固有毛部約四センチメートル)

左膝

長さ約九センチメートルおよび約一・五センチメートルの横に走る深い症痕

右大腿部

長さ約七センチメートルの症痕

(2) 損害額

イ 治療関係 金六六万九八二三円

(イ) 治療費 金六一万二七〇三円

a 日立港病院分 金五九万二〇二〇円

b 水戸日本赤十字病院分 金四〇〇〇円

c 東海村診療所分 金一万六六八三円

(ロ) 診断書代 金八〇〇〇円

a 日立港病院分 金五〇〇〇円

b 長田外科分 金三〇〇〇円

(ハ) 入院雑費 金三万八四〇〇円

一日金三〇〇円の割合による一二八日分

(ニ) 交通費 金一万〇七二〇円

a 日立港病院への通院三一回分(二軒茶屋より同病院まで一往復、バス代一六〇円) 金四九六〇円

b 東海村診療所への通院九一回分(二軒茶屋より同診療所まで一往復バス代六〇円) 金五四六〇円

c 長田外科医院への通院一回分(二軒茶屋より同病院まで一往復バス代三〇〇円) 金三〇〇円

ロ 休業補償(請負業分) 金五七万五〇四五円

原告良子は、夫とともに二〇数年来肩書住所で建築請負業を営んでおり、自家用貨物自動車を常時運転して仕事現場への夫の送り迎え、工事機械の運搬、仕事の注文取り、集金その他経理事務一切を引きうけていたものであり、右労働は昭和四六年度労働省労働統計調査部賃金構造基本統計調査第二表によれば平均月収四万七八九〇円と評価できるところ、本件事故発生日より一年間右労働に従事することができなかつた。

ハ 休業補償(主婦分) 金二五万六〇〇〇円

原告良子は、右労働のかたわら、家庭において一家の主婦として働いていたものであり、主婦としての労働を一日金二〇〇〇円と評価できるところ、日立港病院に入院した一二八日間は全く右労働に従事できなかつた。

ニ 逸失利益 金六九万一四四七円

原告良子の本件事故による後遺症は、昭和四九年四月九日、長田宏平医師の診断により、後遺障害一二級の一二号該当と認められた。

右後遺障害の労働能力喪失割合は労働省労働基準局長通牒昭和三二年基準五五一号別表によると一四%である。原告良子は、右長田医師診断当時四九歳であつたから、健康な女子としての労働可能年数は一一年であり、同原告の逸失利益(年収五七万五〇四五円)を、年五分の中間利息を控除してホフマン式計算法により計算すると次のとおりである。

575,045×14/100×8,590=691,447

ホ 慰藉料

前叙の事実により原告良子の蒙つた精神的肉体的苦痛に対する慰藉料として金二〇〇万円が相当である。

ヘ 填補 金一一一万九四五三円

原告良子は被告から治療費として金五九万九四五三円を自賠責保険より後遺症障害保償として金五二万円を受領した。

ト 弁護士費用 金四五万円

原告良子は被告が本件事故による損害賠償に応じないので、やむなく本件訴訟代理人に委任して本訴を提起したが、着手金として金一五万円を支払つたほか、成功報酬として損害額の一割に当る金員を支払うと約した。

(二) 原告幸子

(1) 原告幸子は、本件事故により頭部打撲、頭蓋内出血、頸椎鞭打症、鼻出血の傷害を受け、本件事故当日より同年一月二九日まで前記日立港病院に入院治療をうけ、退院後も同年四月三日まで通院(治療実日数二二日)治療し、その間皮下、筋肉、静脈内点滴その他注射、および理学療法等の処置治療をうけ、現在は治癒している。

(2) 損害額

イ 治療関係 金三二万四八二〇円

(イ) 日立港病院分 金三一万二四〇〇円

(ロ) 入院中の雑費 金六九〇〇円

一日三〇〇円として二三回分

(ハ) 交通費 金三五二〇円

日立港病院へ通院二二回分 一回分一六〇円

(ニ) 診断書代 金二〇〇〇円

ロ 慰藉料 金三〇万円

前叙の事実および当時高校三年生であつた原告幸子は、受験勉強の支障となり、希望大学の変更を余儀なくされ、その肉体的、精神的苦痛は大きく、慰藉料として金三〇万円が相当である。

ハ 填補 金三一万二四〇〇円

被告から治療費として金三一万二四〇〇円の支払を受けた。

ニ 弁護士費用 金八万円

原告幸子は、被告が本件事故による損害の賠償に応じないので、本件訴訟を原告代理人に委任し、着手金として金五万円を支払つたほか、成功報酬として損害額の一割を支払うことを約した。

(三) 原告二三四

(1) 原告二三四は、本件事故により左膝挫滅創、右膝挫創、頭部打撲等の傷害を負い、本件事故当日より同年二月二五日まで五〇日間日立港病院に入院し、その後同年六月二日まで同病院に通院(治療実日数二六日)治療を受け、傷害部位の縫合手術、理学療法、皮下、節肉内、静脈内注射、内服薬、外用薬の使用等の治療をうけ、更に、同年八月五日より同年一二月二五日まで水戸日本赤十字病院において外傷性頸部症候群の治療のため通院治療(実日数一六日)を受けた。

現在左膝蓋骨下線部に長さ約一七センチメートルの醜状痕があり、これは生涯残るものと判断され、後遺障害一四級(前記長田医師昭和四九年五月二七日診断)と認定された。

(2) 損害額

イ 治療関係 金二六万六八五〇円

(イ) 治療費

a 日立港病院分 金二二万四三〇五円

b 水戸日本赤十字病院分 金一万三一八五円

(ロ) 診断書代 金六〇〇〇円

a 日立港病院 金三〇〇〇円

b 長田医院 金三〇〇〇円

(ハ) 入院雑費 金一万五〇〇〇円

一日金三〇〇円として五〇日分

(ニ) 交通費 金八三六〇円

日立港病院にバスで二六回通院した費用金二六〇〇円、水戸日本赤十字病院にバスで一六回通院した費用金五七六〇円

ロ 休業補償(主婦) 金五万円

原告二三四は家庭の主婦として家事一切を担当していたが、本件事故により入院中は全く家事をすることができなかつたので、その間の家事労働についての休業補償として一日金一〇〇〇円の割合による五〇日分

ハ 慰藉料 金一〇〇万円

原告二三四は前叙の事実により、精神的肉体的苦痛をうけた。とくに事故当時妊娠六ケ月の身重であり、二八歳の女子にとつて精神的苦痛が著しい醜状痕を左膝部に残したこと等による苦痛は大きく、慰藉料として金一〇〇万円が相当である。

ニ 填補 金四二万四四九〇円

原告二三四は、被告から治療費として金二三万七四九〇円を、自賠責保険より後遺症障害保償として金一九万円の支払を受けた。

ホ 弁護士費用 金一五万円

原告二三四は、被告が本件事故による損害賠償に応じないので、本件訴訟を原告代理人に委任し、着手金として金七万円を支払い、成功報酬として損害額の一割を支払うことを約した。

5  よつて原告良子は被告に対し、右4(一)(二)イないしホおよびトの合計額より填補額を控除した損害額のうち金三五〇万三八六二円およびこれより弁護士費用を控除した金三〇〇万三八六二円に対する本件事故発生日である昭和四七年一月七日より支払ずみまで、原告幸子は右4(二)(2)イ、ロ、ニの合計額より填補額を控除した金三九万二四〇〇円の損害金およびこれから弁護士費用を控除した金三一万二四〇〇円に対する右同日から支払ずみまで、原告二三四に対し右4(三)(2)イないしハおよびホの合計額より填補額を控除した損害金一〇三万九三六〇円およびこれから弁護士費用を控除した金八八万九三六〇円に対する右同日から支払ずみまでそれぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実のうち、被告車の衝突によつて原告らが傷害を受けたとの事実は否認し、その余の事実は認める。原告らの傷害はいずれも原告車が電柱に衝突した結果生じたものであるところ、右電柱は衝突地点より約四八メートルも離れていたから、制動操作、ハンドル操作によつて電柱との衝突は避けられた筈であるのに、その操作を誤つたために電柱に衝突したものである。従つて、被告車の衝突と原告らの傷害との間に相当因果関係はない。

3  請求原因3の事実のうち、被告が被告車を所有し運行の用に供していたことは認めるが、賠償の責任は争う。

4  請求原因4の事実のうち、原告らの蒙つた傷害の内容は不知、原告らの治療関係費のうち、原告良子の治療費、日立港病院分金四五万七九八〇円と金一三万二〇四〇円の合計金五九万〇〇二〇円、東海村診療所分金一万六四三三円、原告幸子の治療費、日立港病院分金三一万四八二〇円、原告二三四の治療費、日立港病院分金二二万二三〇五円、水戸赤十字病院分金一万三一八五円の損害を受けたこと及び填補額については認めるが、その余の事実は争う。

5  請求原因5は争う。

三  被告の抗弁

1  過失相殺

(一) 仮りに原告らの傷害が被告車の衝突によるものであるとしても、原告側に過失があつたから、原告らの賠償額を定めるにつき斟酌すべきである。

本件事故現場は丁字路交差点であるが、原告が進行していたのは直線の幅員九・五メートルのアスフアルト舗装の平たんな見通しが良い道路であるから、原告が前方を注視していれば、自己の進路右側通路から被告車が同交差点に時速約一〇キロメートルで進入しようとしていたのを発見し得た筈であり、これを発見したときはその動静に注意し、被告車の速度、右折状態を判断して適宜減速すべき義務があつたにもかかわらず、原告は右義務を怠つて漫然と運転した過失に本件事故の最大の原因があり、被告の過失は軽微である。このことは、被告車が右折完了直前に原告車の右側後部に衝突したことからみても明らかである。

被告車は原告車の右側後部に軽く衝突したにすぎないのに、原告車は前記のとおり四八メートルも暴走して左側電柱に衝突した結果傷害を受けたものであるが、直ちに制動すれば電柱と衝突する前に停止できた筈であるのに、理性を失つてその措置をとらなかつた点に過失がある。

2  弁済

(1) 原告幸子は、自賠責保険から、その自認する受領額のほかに、日立港病院への治療費として金三万〇九〇〇円及び金八万八五〇〇円(原告幸子が金三一万二四〇〇円を受領したというが、実際は金四〇万〇九〇〇円が支払われているのでその差額)の支払を受けた。

(2) 被告は、原告二三四の日立港病院における昭和四七年一月八日から同月二〇日までの付添費用として金三万一三二〇円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、本件事故が丁字路で起きたこと、原告車が直進していたところ、被告車が横道から出て来て原告車の右側後部に衝突したことは認めるが、その余の主張は争う。

被告車が出て来た横道は、両側にブロツク塀があつて左右の見透しが極めて悪いので、左右の安全を確認して交差点に進入すべき義務があつたのにこれを怠り、更に原告の進行路は幅員九・五メートルの直線道路であり、被告車が出て来た横道の幅員は四・八メートルであつて、交通整理は行われていない交差点であるから、原告車は優先し、被告車は原告車の進行を妨げてはならない義務があつたのにこれを怠り、無媒に右折しようとして交差点に進入したために事故が起きたものである。原告車は軽量な車であり、重量のある被告車に衝突された反動によつて浮上がり、その操作が意の如くできなかつた結果電柱に衝突したもので、原告側に過失はない。

2  抗弁2の(1)、(2)の事実は否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実ならびに被告が被告車の運行供用者であることは当事者間に争いがなく、原告良子本人尋問の結果によつて成立を認める甲第一ないし第三号証に同本人尋問の結果によると、原告良子は本件事故の際、顔面挫創、左前腕挫傷、右大腿挫創、頭部打撲、左膝挫創、頭蓋内出血の傷害を、原告幸子本人尋問の結果によつて成立を認める甲第二七号証に同本人尋問の結果によると、原告幸子は本件事故の際、頭部打撲、頭蓋内出血、頸椎鞭打症、鼻出血の傷害を、原告二三四本人尋問の結果によつて成立を認める甲第三二号証に同本人尋問の結果によると、原告二三四は本件事故の際、左膝挫滅創、右膝挫創、頭部打撲の傷害をそれぞれ負つたことが認められる。

二  被告は被告車の衝突と原告らの傷害との間に相当因果関係はないと主張するので、先ずこの点について判断する。

(一)  成立に争いのない乙第一ないし第一三号証、第一四号証の一ないし四、原告良子、同二三四、同幸子各本人尋問の結果に被告本人尋問の結果の一部を総合すると次の事実が認められる。

本件事故現場は交通整理の行われていない丁字路交差点であり、原告の進行していた道路は車道の幅員約九・五メートルでその両側に幅一・五メートルの歩道があるアスフアルト舗装のセンターラインのある直線の優先道路で、その見通しはよく、特段の交通規制はなかつたこと、被告車は幅員約四・八メートルの道路から右道路の交差点に進入して右折しようとしたが、交差点に進入しようとした地点は、両角が高さ約一・五メートルのブロツク塀のため左右道路に対する見通は極めて悪かつたこと。被告は、交差点に進入するにあたり、右方の交通の安全を確認し、更に左方道路を見たところ、かなり前方に大型車を発見したが、その距離から十分右折できるものと考え、以後右方の道路のみに気をとられて左方の道路の安全を十分確認しなかつたため、その大型車の前を進行していた原告車に気ずかず、時速約一〇キロメートルで交差点に進入したこと、原告車を運転していた原告良子は時速約六〇キロメートルで進行しており、被告車が交差点に進入して原告の進行している車線に相当近づいた地点(衝突地点より原告車の右前方約四ないし五メートル)で被告車を認めたが、被告車は中心線の手前で停止するものと考えていたこと、ところが被告は原告車に気がつかなかつたので、そのまま中心線をこえて原告車の進行車線に進入したため、原告車は被告車を避け切れず、被告車が中心線を二メートル位超えた地点で、被告車の左前部が原告車の右後側部(右後車輪のすぐ上)に衝突したが、被告は衝突して始めて原告車に気が付いたこと、原告車は時速約六〇キロメートルで進行していたところを被告車に右後側部に衝突されたため前部を急に右に振り、ハンドルをとられ、センターラインに近ずいたこと、原告良子は自動車の運転経験は一五年余であつたが、衝突のため気が動転し、ハンドルを左に切り、ブレーキを踏んだが、車体の動揺と蛇行のため操作が意の如くならず、左側にハンドルを切りすぎ、しかもブレーキペタルの踏込みが十分でなかつたため、衝突地点から約四八メートル先の道路左側にあつたコンクリート製電柱に自車前部を衝突させ、その衝げきで、運転席にいた原告良子、助手席にいた原告二三四、後部座席にいた原告幸子が負傷したこと、原告車のタイヤ痕は衝突地点から一五・五メートルから始まつて、衝突した電柱まで約三二・七メートルあつたこと、もつとも、乙第一〇号証、被告本人尋問の結果の一部には、原告がブレーキとアクセルを踏みまちがえて加速して衝突したもので、原告車のタイヤ痕はブレーキのために生じたものではなく、蛇行のため生じたものであつて、被告車に衝突してから電柱に衝突するまであつたとの供述部分(記載)があるが、前掲乙第五号証(実況見分調書)によると、タイヤ痕は衝突地点から一五・五メートル進行した地点から始まつており、又原告車の破損状況は電柱に当つた部分はかなり凹んではいるが、それ程大きいものではないことが認められ、又原告良子、同二三四、同幸子本人尋問の結果によつて認められる同原告らの傷害の程度を併せ考えると、原告車は電柱に衝突するまでかなり減速されたが、これは踏込みが十分でなかつたけれども、ブレーキによる減速があり、これがタイヤ痕として路面についたものと推認するのが相当であるからいずれも採用できず、他に右認定を妨げる証拠はない。

(二)  右認定の事実によると、本件交差点のように交通整理の行われていない丁字路交差点で、幅員が明らかに広くセンターの表示のある優先道路に出て右折しようとする被告車は、道路交通法第三六条によつて幅員の広い道路を進行している車両の進行を妨げてはならない注意義務を課せられているにもかかわらず、見通しのよい左方道路を正常に時速約六〇キロメートルで進行してくる原告車に衝突まで気がつかなかつたということは、被告が左方道路の安全を確認しないままで交差点に進入したものと認めるほかなく、被告の右注意義務違反の過失は極めて大きく、被告車と原告車の衝突の原因は被告の右過失にあるといわざるをえない。もつとも、原告良子が前方を注視していれば、被告車が時速約一〇キロメートルで交差点に進入して右折しようとするのを、前認定の時期より今少し早い時期に発見し得たものと考えられるが、仮りに少し早い時期に発見したとしても被告車は未だ道路の中心線を超えていなかつたから、当然中心線の手前で停止し、原告車線に進入することはないものと考え、特に減速などしないのが通常であるから、本件被告車のように原告車に衝突まで気がつかないで無暴に右折する車両との衝突は避けられないのであり、原告車と被告車の衝突自体については、原告良子の前方不注視があつたとして、これを同人の過失ということはできない。

又原告車のタイヤ痕が衝突地点から一五・五メートル先から残つていたが、空走距離約八メートルを控除するとその差は僅かに七・五メートルにすぎず、いきなり原告車の右後部に衝突されたため前部を右に振つて中心線を超えそうになつたのであるから、原告良子の上体が逆方向にふられ、その中でハンドルを左に切つたのであつて、その間七・五メートル原告車が進行したものと推認されるところであり、この様な事情のもとでブレーキの踏込が遅れたことを非難するのは相当でない。もつとも前認定のとおり、タイヤ痕が三二・七メートルであつたから、その間のブレーキの踏み込みが足りず、ハンドル操作等に過失が存在したことは否定できない。

しかし、原告良子の右過失は、主に被告の無暴な右折により惹起した衝突がもたらした原告良子の気の動転の過程で生じたものであり、しかも時速約六〇キロメートルで走行中被告車との衝突により自車が右に大きくふられ、同時に原告松野良子の体が左にふられたことは前記のとおりであり、右事態のもとで、正常な運転操作を期待するのは困難であるから、結局原告車が電柱に衝突したのは、被告の過失が主因であつたものといわねばならず、原告らの傷害は被告車の衝突によつて生じたものというほかはない。

従つて被告は原告らに対し、本件事故によつて生じた損害を賠償する義務がある。

三  そこで損害額について判断する。

1  原告良子

(一)  成立に争いのない甲第二三ないし第二五号証、および前掲甲第一ないし第三号証、乙第一号証ないし第一五号証、原告松野良子本人尋問の結果によつて成立を認める甲第四ないし第一八号証に同本人尋問の結果によると、本件事故により、原告良子は原告主張の傷害のため、その主張の様に治療を受け、更にその主張のように後遺症がある事実(請求原因4の(一)の(1)の事実)を認めることができ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  治療関係

原告良子の治療費のうち、日立港病院に金四五万七九八〇円と金一三万二〇四〇円の合計金五九万〇〇二〇円(原告との主張の差額金二〇〇〇円は、成立に争いのない甲第五号証によると、診断書料二通分であるので、結局同人の日立港病院分の支払は原告主張のとおり合計金五九万二〇二〇円となる。)、東海村診療所に金一万六四三三円を支払つたことは被告の認めるところであり、前掲甲第一ないし第一九号証、および原告良子本人尋問の結果を総合すると、原告良子は右のほか治療費(本人負担分)金四二五〇円、診断書代金八〇〇〇円、入院雑費金三万八四〇〇円、交通費(通院費)金一万〇七二〇円の損害を蒙つたことが認められる。

(三)  休業補償

成立に争いのない甲第二〇ないし第二二号証および前掲乙第四、第八、第九、第一三号証および原告良子本人尋問の結果を総合すると、本件事故当時原告良子は夫の建築請負業の補助者として、自動車の運転、経理、使用人の面倒等少なからぬ労働をしており、しかも主婦として夫や子供二人の面倒もみていたのである。

ただ、右家業の補助者としての労働と主婦としての労働は、時間的にも内容的にも明白に区別できるものでなく、むしろ、密接不可分な関係にあるのであるから、両者の労働を合算して一日金二五〇〇円と評価し、期間は入院期間とするのが相当である。

2,500×128=320,000 金三二万円

(四) 逸失利益

前掲甲第一ないし第一二号証および原告良子本人尋問の結果を総合すると、原告良子は、日立港病院を退院後も頭痛、頭重感、局所のしびれ等の後遺症が残り、それが労働能力に影響を与えていたこと、昭和四九年四月九日原告良子は後遺障害一二級の一二号に該当する旨診断されたこと、原告良子は昭和五〇年一一月ころから保険の外交員として月収金七万円ないし金一〇万円の収入をあげていたこと等の事実が認められ、これに反する証拠はない。

右認定事実によると、原告良子の逸失利益は、労働能力の喪失割合と期間を一〇パーセントおよび日立港病院退院後三年間とするのが相当であり、これを年五分の中間利息をホフマン式計算法により計算すると、

2,500×366×10/100×2.7310=249,890

金二四万九八九〇円となる。

(五) 慰藉料

前掲各証拠により認定した4(一)の事実にもとづき、受傷の程度部位、入院治療に要した日数等治療の経過、後遺症、症痕の外ぼうへの影響、および家庭および家業における原告良子の役割、本件事故における原告良子の過失等諸般の事情を総合すると、原告良子の慰藉料は金一二〇万円をもつて相当とする。

(六) 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告良子は、被告が任意に損害賠償しないのでやむなく原告代理人に本訴提起を委任したことが認められるところ、本訴請求額、認容額、事案の難易、訴訟追行の状況その他諸般の事情を考慮すれば、原告良子が損害として請求しうべき弁護士費用の額を金一五万円と認めるのが相当である。

2  原告幸子

(一)  前掲乙第一ないし一三号証、原告幸子本人尋問の結果に弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第二六号証ないし三一号証および同本人尋問の結果を総合すると、本件事故により原告幸子は、原告主張の傷害を受け、その治療のためその主張のように入院、通院治療した事実(請求原因4の(二)の(1)の事実)を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  治療関係

1 原告幸子の治療費のうち、日立港病院分金三一万二四〇〇円については被告の認めるところであり、前掲甲第二六号証ないし第三一号証および原告幸子本人尋問の結果を総合すると、右のほか治療関係費として、原告幸子が次の損害を蒙つた事実が認められ、他にこれを妨げる証拠はない。

イ 入院雑費 金六九〇〇円

ロ 交通費(通院費用) 金三五二〇円

ハ 診断書代 金二〇〇〇円

合計 金一万二四二〇円

(三)  慰藉料

前記(一)、(二)の事実に、原告本人尋問の結果によつて認められる原告幸子は本件事故当時高校三年生であり、本件事故による負傷および入院、通院治療のため受験直前の貴重な時間をとられ、大学受験に支障が生じた事実、被害者側の過失割合など諸般の事情を総合すると、原告幸子の慰藉料として金二〇万円が相当である。

(四)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が任意に損害賠償しないのでやむなく原告代理人に本訴提起を委任したことが認められ、本訴請求額、認容額、事案の難易、訴訟追行の状況その他諸般の事情を考慮すれば原告が損害として請求しうべき弁護士費用の額を金五万円と認めるのが相当である。

3  原告二三四

(一)  成立に争いのない甲第四一ないし第四三号証および、原告二三四本人尋問の結果と弁論の全趣旨によつて成立を認める甲第三二ないし第四〇号証、前掲乙第一ないし第一三号証および同本人尋問の結果を総合すると、本件事故により原告二三四は同原告主張の傷害を受け、その治療のため主張のように入通院治療を受け、左膝下に症痕が残つている事実(請求原因4の(三)の(1)の事実)を認めることができ他に右認定を妨げる証拠はない。

(二)  治療関係

原告二三四が治療費として日立港病院に金二二万四三〇五円、水戸日本赤十字病院に金一万三一八五円を支払つたことは被告の認めるところであり、前掲甲第三二ないし第四三号証および被告二三四本人尋問の結果を総合すると、治療関係において、原告二三四が請求原因4の(三)の(2)のイの(ロ)、(ハ)、(ニ)で主張した次の損害を蒙つた事実が認められ、他にこれを妨げる証拠はない。

診断書代 金六〇〇〇円

入院雑費 金一万五〇〇〇円

交通費 金八三六〇円

合計 金二万九三六〇円

(三)  休業補償

前掲乙第一一号証、原告二三四本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件事故当時、原告二三四が健康な主婦として家事労働をしていたが、日立港病院に入院した五〇日は家事を全くできなかつたことが認められ、それを左右する証拠はない。そして主婦労働は一日金一〇〇〇円を下回ることはないので、五〇日分の合計金五万円の休業補償が相当である。

(四)  慰藉料

前掲甲第三二ないし第四三号証、原告二三四本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告二三四は本件事故により前認定の傷害を受け、入通院による治療を受けたが醜状痕が残る事実を認めることができるうえ、原告二三四が当時二五歳の家庭の主婦であり妊娠六ケ月の女性であつたこと等の事実が認められ、他に右認定を覆す証拠はない。

右認定事実に被害者側の過失割合を合せ考えると、原告二三四の本件事故による精神的肉体的苦痛による慰藉料は金八〇万円が相当である。

(五)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告二三四は、被告が任意に損害賠償しないのでやむなく原告二三四代理人に本訴提起を委任したことが認められ、本訴請求額、認容額、事案の難易、訴訟進行の状況その他諸般の事情を考慮すれば、原告二三四が損害として請求しうべき弁護士費用の額を金一〇万円と認めるのが相当である。

4  被告本人尋問の結果によつて成立を認める乙第一六号証、第一九号証の一ないし四に同本人尋問の結果によると、原告ら三名が日立港病院に入院中、その病状から付添人二人を必要とし、事故の日から同月二〇日まで付添費金五万七四〇〇円(乙第一九号証の四)、同月二〇日紹介手数料金五八〇〇円(同号証の三)、同月二一日から同月二三日まで付添費金八一二〇円(同号証の一)と金八〇八〇円(同号証の二)を、同月八日から同月二〇日までの付添費として金三万四三二〇円(乙第一六号証)を支払つたことが認められる(なお、乙第一五号証の一ないし四掲記のものは、入院雑費に含まれるもので、これと別個の損害とは認め難い。)。

ところで右付添は原告三名のためになされたものであるがこれを原告ら各自にかかつた分を別個に分割して認定するだけの資料のない本件においては、原告の損害としてこれを分割するには、それぞれの入院日数(症状の重さ)に応じてするのが相当であり、その割合はほぼ原告良子は五、原告幸子は一、原告二三四は二であるから、これによつて右付添費を按分すると、原告良子は金七万一〇七五円、原告幸子は一万四二一五円、原告二三四は金二万八四三〇円となる。

5  以上の原告らの損害の合計は次のとおりとなる。

原告良子 原告幸子 原告二三四

慰藉料 金一二〇万円 金二〇万円 金八〇万円

弁護士費用 金一五万円 金五万円 金一〇万円

その余の損害 金一三一万〇七八八円 金三三万九〇三五円 金三四万五二九〇円

合計 金二六六万〇七八八円 金五八万九〇三五円 金一二四万五二九〇円

四  被告の過失相殺の主張について判断する。

1  原告良子に過失があつたことは既に前記二に認定したとおりであるが、被告の過失に比して原告良子の過失は極めて少く、その過失割合は原告良子が二、被告が八と認め、これを同人の賠償額の算定につき斟酌するものが相当である。

2  次に原告幸子の損害についても過失相殺すべきか否かについて検討すると、前掲乙第一ないし第一三号証、原告良子、同幸子各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告幸子は原告良子の実子として、右良子および夫々扶養されている家族の一員であり、原告車に無償同乗していたこと等の事実が認められ、これを覆す証拠はなく、右事実によれば、原告幸子は身分上、生活上原告良子と一体をなすものであるから、原告良子の過失はそのまま被害者側の過失として原告幸子の賠償額の算定につき斟酌するのが相当である。

3  さらに原告二三四についても過失相殺すべきかは、前掲乙第一ないし第一三号証、原告良子、同二三四各本人尋問の結果および弁論の全趣旨を総合すると、原告二三四は、原告良子の姪であること、両者は家計は別であるが、親族関係として相互に扶けあつていたこと、本件事故は、原告二三四の運転免許用写真を原告車に乗つて取りにいつた帰りに起つたこと(乙第一三号証)、原告二三四は原告車の助手席に座つていたこと、原告二三四は運転免許は取得していなかつたが実地試験は終えており、原告の運転に協力する能力を有していたこと等の事実が認められ、これを覆す証拠はない。

右認定事実によると、原告二三四は原告良子と身分上一体をなす身分関係にあるとはいいがたいが、極めて親密な親族関係にあり、原告車の助手席に座つて原告良子の運転に協力すべき立場にあつた上、原告車が右二三四の運転免許の写真をとりに行つた帰りに本件事故にあつたこと等の事実を併せ考えると、過失相殺に当つては原告二三四の損害額についても原告良子の過失を被害者側の過失として、同人の過失の割合をもつて過失相殺するのが相当である。

4  前認定のとおり、原告らの慰藉料及び弁護士費用は、その算定に当り、いずれも被害者側の過失を斟酌しているので、その余の損害について二割の過失相殺をすると、原告らの慰藉料及び弁護士費用を除くその余の損害額は次のとおりとなる。

原告良子 原告幸子 原告二三四

損害額 金一三一万〇七八八円 金三三万九〇三五円 金三四万五二九〇円

過失相殺 金二六万二一五八円 金六万七八〇七円 金六万九〇五八円

残額 金一〇四万八六三〇円 金二七万一二二八円 金二七万六二三二円

五  原告良子は金一一一万九四五三円、原告幸子は金三一万四八二〇円、原告二三四は金四二万四二九〇円をそれぞれ填補されたことは当事者間に争いがないので、原告らの残損害額は次のとおりとなつた。

原告良子 金一二七万九一七七円

原告幸子 金一九万六四〇八円

原告二三四 金七四万八七四二円

六  弁済の抗弁について判断する。

前掲甲第二二号証の一、二、第二八号証、第四四号証によると、被告は自賠責保険から昭和四七年七月四日原告幸子分として金三万〇九〇〇円、同年九月二九日原告二三四分として金三万一三二〇円を受領していること、日立港病院の医師伏見惇が自賠責保険から原告幸子分として昭和四七年七月四日金四〇万〇九〇〇円を受領したが、これを原告幸子の同病院の治療費金三一万二四〇〇円(当事者間に争いのない填補額)に充当したが、残額金八万八五〇〇円が治療費に充当されたものと認める資料はないことが認められる。

一方前掲証拠と被告本人尋問の結果によつて成立を認める乙第一九号証の一ないし四に同本人尋問の結果によると、原告らが日立港病院に入院した際、付添婦二人を頼み、合計金一一万三七二〇円を要したところ、被告がこれを立替えて支払い、これを自賠責保険に請求する際、原告三名にそれぞれ区別して請求すべきところ、便宜適当に区分し、被告が自賠責保険から受領した原告幸子分金三万〇九〇〇円と原告二三四分として受領した金三万一三二〇円に分割し、その残額は充当不明の金八万八五〇〇円中に含ませたものと推認され(被告本人尋問の結果によると、被告が自賠責保険から受領した原告良子分の金五〇万円に含ませたというけれども、原告良子はこれを受領したことを認めているので、これに含ませたものとはみられない。)

そうすると被告は金一一万三七二〇円の付添費を支払つたのであるが(これを超える部分について弁済したことを認める資料は十分でない。)、その支払は、前記三の4に認定した原告各自の損害額に対し支払われたものとみるのが相当である(被告の弁済の主張にはかかる主張を含むと解する。)。

そうすると原告ら三名の損害額は次のとおりとなる。

原告良子 原告幸子 原告二三四

損害額 金一二七万九一七七円 金一九万六四〇八円 金七四万八七四二円

弁済額 金七万一〇七五円 金一万四二一五円 金二万八四三〇円

残額金 金一二〇万八一〇二円 金一八万二一九三円 金七二万〇三一二円

そうすると被告は、原告良子に対し金一二〇万八一〇二円及びこの内金一〇五万八一〇〇円に対する不法行為の日である昭和四七年一月七日から支払ずみまで、原告幸子に対し金一八万二一九三円及びこの内金一三万二一九三円に対する右同日から支払ずみまで、原告二三四に対し金七二万〇三一二円及びこの内金六二万〇三一二円に対する右同日から支払ずみまで、それぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

七  よつて、原告らの本訴請求は、右認定の限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 菅原敏彦)

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